結局何が言いたかったの?【リリイ・シュシュのすべて】ネタバレ考察 何故ここまで残酷な映像を作らなければならなかったのか

ヒューマンドラマ

 

こんにちは。haruです。

今回取り上げるのは、2001年に公開された映画「リリイ・シュシュのすべて」。
「いじめ」をテーマとして取り上げた作品で、精神的にキツい残酷なシーンが多く、最初から最後まで暗くて陰鬱な雰囲気がただただ続いています。筆者個人的には日本の鬱映画の中でも上位に食い込んでくる作品だと思っています。

しかも結末も曖昧な表現のまま終わってしまうので、話の内容がいまいち理解しにくい。結局何を伝えたかったの?となりやすい作品のため、「ただ暗い気持ちになった」「観なきゃよかった」という感想を抱く方も少なくないと思います。

そんな本作ですが、
リリイとは、エーテルとは一体なんだったのか?
結局この作品にはどんなメッセージが込められていたのか

それを知ることが出来れば、ただ暗いだけの映画ではなく心に残る作品に変化する作品になると思います。

今回は本当の意味で「リリイ・シュシュのすべて」は一体どんな作品だったのか、じっくり読み解いていきます。

作品詳細

by 円都市場

監督・脚本:岩井俊二
音楽:小林武史
制作:ロックウェルアイズ
公開日:2001年10月6日
上映時間:146分

本作の原作となる小説は当初、ネット上だけでの公開となりました。

しかしこれまでの小説と違うのは、BBSへの書き込みが主体となって進行していくストーリーだったとことです。岩井氏自身が複数の人になりきり書き込みをすることで物語を進めていくというなんとも斬新で新しい発想。

しかもそのサイトを見ている一般人も書き込みが出来る仕様となっていて、当時それに参加した人の声を今でも見ることが出来ます。これだけでもおもしろい。

キャストは今となっては名俳優として知られている市原隼人蒼井優忍成修吾伊藤歩などですが、作品出演時の彼らは役柄同様、14歳〜17歳とまだ子供でした。あどけなさが残る幼い彼ら、彼女らの表情は演技ではなく本当にそこに存在する人であるかのような演技で、この頃から才能に溢れていたんだなあ…と驚くばかりです。

あらすじ

田園が広がる地方都市で、中学二年生の蓮見雄一は、かつて親友であった星野からいじめを受けていた。万引きを強要されたり、ものを壊されたり。ある時雄一は万引きに失敗してしまい、それを学校への告発だのと言いがかりをつけられて暴行を受ける。家庭内でも親同士の再婚で家に居づらい環境。そんな息苦しい雄一の世界を、唯一救ってくれるのはカリスマ的歌手の「リリイ・シュシュ」だけ。自らが立ち上げたファンサイト「リリフィリア」の中でリリイについて語っているときだけが、唯一”呼吸”出来る時間であった――。

過去と現実とネット掲示板の中で様々な人の葛藤と激情を表現する超激薬作品。

見どころ・考察 作品に込められた監督の願い

その1:もしかしたら生まれなかったかもしれない作品だった 制作に至るまで

元々まったく違う構成で脚本を書かれていた岩井氏。そんな岩井氏に、台湾・香港の映画監督が声を掛け、3人がタッグを組んで制作される予定でした。

そんな話が進むさなか岩井氏は、いじめが原因で自殺してしまった男子生徒のニュースに酷いショックを受け、自らも幼少期に体験してきたいじめやつらかった体験をもとに予定とは異なる物語の構想を得ます。
舞台となる予定だった台湾で様々な場所に訪れた岩井氏でしたが、そのことが頭から離れず計画は一旦白紙になったそう。

しかし音楽担当の小林武史氏が既にリリイ・シュシュのサントラをほぼ完成させていました。
小林氏が制作したサントラを聞いて、新たに得た着想と融合する可能性を感じ構成を練り直しました。そして発表されたのが、ネット掲示板で進行していく小説だったのです。

台湾での上映記念時に行われたオンラインイベントの中のインタビューで
“「どうにか映画に出来ないか」と相談されたあの一夜がなかったら、別の映画に着手していて、この作品は生まれていなかったでしょうね。小林さんには感謝です。”と、岩井氏は語っています。

その2:リリイとは、エーテルとはなんだったのか?

エーテルというのはそもそもなんなんでしょう。度々他の映画でも耳にする言葉です。

物理学上、きちんと存在する有機化合物で、主に「ジエチルエーテル」というを指し、高い揮発性を持ちます。甘い匂いを放ち、かつては吸入型麻酔薬として使われていた時代もある物質のようです。
この物質は18〜19世紀には既に発見されており、古来の自然哲学の思想にも深く関わっています。「四元素説(地上の物質を構成する元素は火、風、水、土であるという説)」という思想を、さらに深く考えたアリストテレスにより、「揮発性が高いということは、もしかしたら地上にあるべき物質なのではなく、天界に帰ろうとしているのではないか」と伝えられたことによって、エーテルとは天界を構成する第五の物質だと信じられていました。

そんな説がある物質ですが、作中では精神的な意味合いで用いられていました。
上記同様、台湾上映の際のインタビューで「エーテルとはなんなのか?」という質問を受けた岩井氏は“言葉では表現出来ない感情例えば夕日を見て綺麗だと思ったり、そういう感情って名前が無いけど、この映画ではあえてそれに名前を付けてみた”とお話されています。

たしかに作中でエーテルには色があったり、オーラがあったり、いろんな表現が成されていましたが、そのどれもが抽象的で精神的なものとの結びつきが非常に強いことを感じました。けれどなんだか、古来の自然哲学まで遡って考えるとそれだけではないような気がしてくるのです。
エーテルとはつまり、地上にいる私たちには手の届かないもの
リリイという存在だけが、地上にいる生命の中で唯一エーテルを享受出来る存在
作中でこれほどまでに「リリイ」が神格化されていたのは、そんな意味も含まれていたのではないかと推察します。

その3:作品を通して伝えたかった観客へのメッセージ

岩井氏は、ネット上の小説で一般の人からのコメントを得て初めて「リリイ」という存在が確立したことにより映像に出来たと語っています。しかし同様に、自分の伝えたいことはこの作品内でほとんど伝えることが出来なかったとも言っているんです。

本作のテーマは「いじめ」であり、いじめはこの作品が作られて20年以上経ってもなお、無くなっていません。いや、無くなることなんて無いのかもしれない。
映像として最大限までそれが伝わるように表現はしたけれど、実際に起きている問題はもっと酷い、現実はもっと残酷だそう言っているように聞こえます。

“少しでも、こういう現実を伝える大人がいたっていいじゃないか”

そうインタビューに応える岩井氏の言葉を聞いた私は、涙を堪えるのに必死でした。

岩井氏のインタビューには続きがあります。

普段ぼんやり見ている景色が、ぎゅっと何か…特別な気持ちに、
それはわりと辛い時なんですけど、
特別な気持ちになって、一瞬…見上げた空がいつもより青く見えるとか
振ってる雨の匂いを急に感じたりとか、そういうことをやりたい。

(中略)

いじめられたり苦しい思いをしてる事の辛さより
そうやって急激に景色が愛しく感じる瞬間に出会う事の方が自分にとって貴重だった。

(中略)

そういう貴重な瞬間があるから、こんな辛い日々も生きてられるんだみたいな
そういう少年期を過ごしてたんですよね。

台湾上映記念時オンラインイベント インタビューより

まさに、リリイ・シュシュそのもの。

現実はこんなにも苦しいのに、田んぼの一面の緑は瑞々しくて美しいし、西日が差す校舎の窓から見える子供たちの横顔も綺麗。

言葉では言い表せない感情「エーテル」を、鑑賞する人にも感じてほしかったんですね。

まとめ

20年経った今でもこの映画が観られ続けているのは、こういった岩井氏の想いがこもった作品だからでもありますが、今でもいじめが無くなっていないからという悲しい理由もあるのだと思います。

そんな意図が分かると、心に残る作品になるのではないでしょうか。

本作は音楽も魅力的で、Salyu演じるリリイ・シュシュが歌う劇中歌も音源化されてApple MusicやSpotifyで聴くことができるようになっています。

by Spotify

心が潰れそうなとき、つらくなったときに本作の<エーテル>がきっとあなたを救ってくれるはずです。

岩井俊二監督作品は他にも「スワロウテイル」について語っています。
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